広島高等裁判所岡山支部 昭和48年(ネ)68号 判決 1975年1月20日
控訴人
大東建設株式会社
右代表者
大東伊三郎
右訴訟代理人
岡崎耕三
ほか三名
被控訴人
寿興産有限会社
右代表者
高嶋広安
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和四五年三月二五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を被控訴人の、その一を控訴人の各負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一岡山地方裁判所が、昭和四五年三月二三日被控訴人の申請に基づき、被控訴人の訴外大脇に対する岡山地方法務局所属公証人三宅芳郎作成昭和四五年第八五三号金銭消費貸借公正証書を債務名義として訴外大脇の控訴人に対する五〇万円の浄化槽工事代金債権の差押及び取立命令を発し、その正本が翌二四日控訴人に送達されたことは当事者間に争いがない。
二訴外大脇が控訴人に対し、五〇万円の右債権を有していたことは当事者間に争いがないので、控訴人の債務消滅の抗弁について判断する。
1 控訴人の訴外大脇に対する金額四〇万円の手形振出について
(一) <証拠>によれば、控訴人は訴外大脇に請負わせていた本件浄化槽設備工事がほぼ完成に近づいた昭和四四年一一月二九日ころ、同会社から右工事代金の内払を求められたので、これを了承し、右工事代金の内払金を四〇万円として同会社の営業担当社員堀木忠良に対し、控訴人振出の金額四〇万円、支払期日昭和四五年三月三一日、支払場所株式会社中国銀行成羽支店なる約束手形一通を交付したこと、右手形の受取人訴外大脇は右手形を昭和四四年一二月中旬ころ、訴外関西空調に白地裏書譲渡し、右関西空調は訴外池上豊に、右池上は訴外藤原光子にそれぞれ裏書譲渡したこと、ところが右支払期日前の昭和四五年三月二四日にいたり、前記岡山地方裁判所の債権差押及び取立命令が送達されたため、控訴人としては二重払の危険を避けるため、一たん額面相当額を同支店に預金、供託したうえ、不渡りとしたが、手形の前記最終所持人藤原光子からきびしく支払を求められたので、結局同年四月六日右供述金をもつて支払い、右手形を受戻したことが認められる<証拠判断省略>
(二) 控訴人は、右手形の授受により本件工事代金債務がその限度で消滅した旨主張し、原審証人大東良一はそれが商慣習である旨右主張にそう供述をするが、一般には既存の債務のため手形を交付する場合には既存の債務を消滅させる趣旨ではないと推定するのが相当であり、右証言をもつてしては右推定を覆すに足りず、そのほか本件全証拠によるも、右手形が前記工事代金残債務の支払に代えて訴外大脇に交付されたことを認めるに足りる証拠はない。また、一般に原因関係上の債権債務が手形の振出により、その不渡りを解除条件として即時に消滅するとは解しがたい。
(三) そうすると、被控訴人の債権差押及び取立命令が控訴人に送達された当時、控訴人に対する訴外大脇の工事代金債権は、手形債権とともに依然として存続しているものというべきであるから、右工事代金債権に対してなされた本件差押及び取立命令は一応有効であつたというべきである。
ところで、既存債権(原因債権)の支払のために約束手形が振出されたときは、手形債権と原因債権とはそれぞれ別個独立の債権として併存するものであるから、原因債権に対する差押の効力は手形債権には及ばず、右手形が第三者に譲渡されたときは、手形振出人としては手形の所持人に対し原因債権の差押を理由として手形金の支払を拒むことができないものというべきであり、しかも手形金の支払によつて原因債権が消滅することは明らかである。したがつて、原因債権の差押の効力発生前にその支払のために約束手形が振出されていた場合には、その手形の譲渡をうけた手形所持人に対する手形金の支払が原因債権の差押の効力発生後になされたとしても、手形振出人たる債務者は右手形金の支払によつて原因債権が消滅したことを差押債権者に対抗することができるものと解するのが相当である。してみると、本件工事代金債権中四〇万円については、前認定のとおり、これに対する被控訴人の本件差押及び取立命令が控訴人に送達される前にその支払のために約束手形が振出され、かつその手形が第三者に譲渡され流通におかれていたのであるから、その後振出人たる控訴人が前記手形所持人に手形金を支払つたことにより、右四〇万円の工事代金債権は消滅し、右差押及び取立命令はその限度で効力を失うに至つたものというべきである。よつて、被控訴人の控訴人に対する請求中右四〇万円の支払を求める部分は、失当である。
《以下、省略》
(渡辺忠之 山下進 篠森眞之)